BF051 『まあだかい』

 『百鬼園随筆』(新潮文庫)で知られる内田百閒(1889~1971)には、頑固で無愛想な明治男性の内面にあるユーモアを教えてくれた人という印象がある。
 陸軍士官学校ドイツ語教授、 陸軍砲工学校附陸軍教授といったいかめしい経歴だからこそなのか、無目的を目的にひたすら汽車に乗る『阿房列車』シリーズなどは「鉄ちゃん」の元祖だろう(同シリーズを原作に、一條裕子がマンガ単行本〈小学館〉を出している)。
 庭先にやってきた野良猫に愛を注ぐ『ノラや』は、頑固じいさんの情緒を率直に描いた作品で広く読まれている(ちなみに、『阿弥陀堂だより』で知られる医師で、うつを病んだ南木佳士には『トラや』〈文藝春秋〉という猫による回復エッセイ集がある)。
 本書は「私がみんなから還暦を祝って貰ったのに、いまだに達者である。遠慮なく云えばいつ迄も死なない。未だ未だかと云うのが摩阿陀会である」という教え子たちが毎年開いた誕生パーティー「摩阿陀会(まあだかい)」、そのお返しに百閒が開いた「御慶の会」について毎年、あきもせずに綴ったエッセイ集。
 毎回、同じような顔ぶれ、似たようなエピソードだが、社会的地位も高いらしい教え子たちが、百閒が席をはずしている間に「葬式ごっこ」をしたり、最後はいつも泥酔状態という大人たちの「遊び」を細部にわたって報告する。
 百閒は61歳から摩阿陀会に18回出席し、第19回には出席できず、81歳で老衰のため亡くなったそうだ。
 各エッセイのタイトルは「摩阿陀十三年」、「未だ沈まずや」と来て、「殺さば殺せ」と老いるにつれて加齢とともに開きなおり、狭い自宅で亡くなった場合、出棺をどうするかといった教え子たちとのやりとりまで紹介する。
 なお、未見だが、黒澤明監督(1910~1998)の遺作『まあただたよ』(1993年)は、このエッセイが原作。

(内田百閒著/ちくま文庫/1103円)


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