CF021 『夏時間の庭で』 L’heure D’ete

遺される物の居場所

パリ郊外の緑に囲まれた邸宅の中庭で、75歳になったエレーヌ(エディット・スコブ)の誕生日を祝う
ランチ・パーティーが開かれている。

孫たちが歓声をあげて走りまわる騒々しい宴で、経済学者の長男・フレデリック(シャルル・ベルリング)と次男・ジェレミー(ジェレミー・レニエ)は「家の中を走らなくて済むだろ」と子機付電話を贈る。
ニューヨーク在住デザイナーの長女・アドリエンヌ(ジュリエット・ビノシュ)が、大叔父・ポールの出来たての画集を渡すと、エレーヌの顔が輝く。

エレーヌの夫は早逝し、
子どもたちは著名な画家だった大叔父が残した邸宅で育った。
家の中は、コローなど印象派絵画やアール・ヌーヴォー家具、
ルネ・ラリックの花瓶、北欧陶器で埋め尽くされている。

エレーヌはフレデリックに「思い出や秘密は私と共に消えるけど、物は残るの」と語り、自分の死後、遺産を売却して三分割するよう望む。
しかし、息子は「そんな話は聞きたくない」と拒否。
そして、多忙な子どもたちは、電話機を設置することもなく、あわただしくそれぞれの帰路についた。

ところが、エレーヌはまもなく亡くなってしまった。
フレデリックは邸宅と貴重な作品群を残そうと考えるが、弁護士は「莫大な相続税」がかかると言う。
北京に移住するジェレミー、ニューヨークで2回目の結婚をするアドリエンヌも売却を希望。

遺産をめぐる派手な衝突が起こると考えるのは、期待はずれ。
映画は、相続税対策としてオルセー美術館に寄贈することになった作品群を紹介しながら、母親の秘められた恋愛物語と子どもたちと思いを少しずつ明らかにしていく。

品行方正に相続作業を進めたフレデリックが、「せめてコローは手元に置きたかった」とぼやき、それまで黙っていた妻に一喝される姿がおかしい。

そんな夫婦の娘・シルヴィは反抗期のティーンエイジャー。
売却が決まった邸宅に遊び仲間を集め、大騒ぎのパーティーを開く。
祖母の邸宅にひそかに愛着を抱くシルヴィが、ボーイフレンドとともに庭に吸い込まれていくようなラストシーンが美しい。

良質の美術ガイドでもあり、世代を超えて「遺されるもの」の意味を幾重にも問いかける佳作。
(オリビエ・アサイヤス監督/2008年/フランス/102分)


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