もう怒ってない
本作は、80歳のホームレス画家と若い女性監督、そして監督の飼い猫との奇妙な共同生活から紡ぎ出された、ひとりの日系人の波乱の人生を描いたドキュメンタリー。
2001年、まだ春遠い厳寒のニューヨーク・ソーホーで、監督は日系人ホームレス画家のジミー・ツトム・ミリキタニと出会い、猫の絵をもらった。
80歳の彼は「お金はいらないから、わしを撮ってくれ」と言う。
「グランドマスター」を自称するミリキタニをビデオカメラで追い続けていたとき、9.11テロが起きた。
崩壊する貿易センタービルがふりまく有毒な煙に咳き込む姿をみかね、監督は自分のアパートにミリキタニを避難させた。
年齢差50歳を超えるミリキタニと監督が、口論しながら信頼を育む姿が楽しい。
ミリキタニ(三力谷)は、カリフォルニア州サクラメント生まれ。
3歳で両親の出身地・広島に戻り日本画に才能を示すが、海軍兵学校に入るのを嫌い、アメリカに戻った。
だが、日米開戦とともに、ツールレイク日系人強制収容所に入れられる。
「夏はガラガラ蛇がうようよ」する砂漠の強制収容所で3年半を過ごし、姉とは生き別れ、他の兄弟は戦死。
そして、原爆投下で広島の親族は「全滅」した。
戦後、アーチストして華やかな局面もあったミリキタニだが、日系人12万人を違法収容し、市民権を放棄させた合衆国政府に対する怒りと不信は根深い。
しかし、監督は八方手を尽くして、彼の市民権が回復されていること、年金受給権もあることを突き止める。
「アメリカの社会保障なんか受け取るか!」と憤るミリキタニだが、姉がシアトルで生きていることも判明し、年金の小切手も届くようになる。
デイホームで利用者に絵を教えはじめ、新築の高齢者マンションも抽選で当たった…。
終盤、ツールレイク強制収容所の「巡礼ツアー」に参加し、追悼式を終えたミリキタニは、「思い出も亡霊たちもわしに優しかった」とつぶやき、「もう怒ってない。あとは通過するだけだ」とおだやかに語る。
戦争の傷の深さと回復に要した長い時間、存在を承認することの大切さを教えてくれる作品。
(リンダ・ハッテンドーフ監督/2006年/アメリカ/74分)
