働きものたちの夕暮れ
「老いていくアジア」のなかでも、韓国の高齢化は日本以上に急激だという。
『牛の鈴音』はそんな韓国の農村が舞台のドキュメンタリー。
チェさん(撮影当時、79歳)と妻のイさん(76歳)、そして40年も生きているというメス牛が主人公。
農耕牛の寿命は20年だというが、足の悪いチェさんにとって、荷車で畑まで運んでくれて、ともに農作業をする長寿の牛は大切なパートナーだ。
「よその畑は機械を使うのに」とイさんはぼやくが、チェさんは牛とともに黙々と働く。
牛が食べる草が毒されるからと農薬も使わない。
2人を乗せた荷車の重さに、牛が立ち止まる。
悪態を連発するイさんに、チェさんは「降りろ!」。
妻も負けてはいない。
「この人は私より牛が大切なんだ!」、
「私の人生は苦労の連続だ!」、
「私の結婚は失敗だった!」…。
ナレーションはまったくないが、イさんの饒舌さが十分に補っている。
寡黙な夫といつもグチを言っている妻の日常生活には、どことなくユーモアがただよい、老いた牛は大きな目で、そんなふたりをいつも見つめている。
ある日、獣医が「あと1年くらいだろう」と牛の余命を告げた。
チェさんは牛市場で新しいメス牛を買った。
「年寄りに2頭の世話は無理だ」と言うイさんに、「死ぬまで面倒みるさ」と応えるチェさん。
若い牛は荷車が引けず、結局、老いた牛が働き続ける。
チェさんが頭痛に襲われ病院に行くときも、牛が荷車で運ぶ。
「あんたが死んだら、私はどうしたらいい」、「子どもの家は気づまりだからイヤだ」とイさんは動揺する。
医者には働くのを控えろと忠告される。
だが、チェさんは畑に出る。
春夏秋冬の田園に浮かび上がるチェさんと牛の姿が美しい。
最後の秋、冬に備える薪を集め終わって、牛は動けなくなった。
悪口ばかり言っていたイさんが
「国一番の牛だった」、
「9人の子どもを育てることができたのも、この牛のおかげだ」
とやさしく語りかける。
韓国ではドキュメンタリー映画としては異例のヒット作になったとのこと。
失われつつある風景、人と牛の関わりが染み入る佳作。
(イ・チュンニョル監督/2008年/韓国/78分)
