CF032 『終着駅 トルストイ最後の旅』 The Last Station

夫婦の愛憎は枯れない
世界中で読まれるトルストイ作品は、「主な登場人物」の名前の長さと愛称に混乱して、挫折を繰り返した。
作家本人もレフ・ニコラーエヴィチ・トルストイが本名で、愛称はリョーヴォチカ。トルストイ夫人はソフィア・アンドレーエヴナで、愛称はソーニャ。
だから、もっぱら映画が頼り。『戦争と平和』(オードリー・ヘプバーン主演アメリカ版とリュドミラ・サヴェーリエワ主演ロシア版)も『アンナ・カレーニナ』(タチアナ・サモイロワ主演ロシア版とソフィー・マルソー主演アメリカ版)もスクリーンで教えてもらった。
本作は、晩年のトルストイ夫妻のパワフルな愛と葛藤を描く。
82歳のトルストイ(クリストファー・ブラマー)は、友人・チェルトコフ(ポール・ジアマッティ)に説得され、民衆のために莫大な資産である著作権を放棄する遺言書にサインしようとする。
半世紀近くを共にした妻(ヘレン・ミレン)は、孫を含む25人の一族を守るために大反対。
トルストイは裕福な伯爵家に生まれ、放蕩三昧の青年時代を経て34歳で結婚した。
18歳だったソフィアは13人の子どもを育てながら、夫の作品構想のパートナーとなり、悪筆の原稿を清書し続けた。
しかし、今や名声が高まった夫は信奉者や新聞記者に囲まれ、穏やかな語らいはない。
おまけに妻に内緒で、財産を放棄しようとしている。
秘書を務める娘も信用できない…。
嫉妬と猜疑心にまかせて夫を非難するソフィア。
「私があなたを作り、あなたが私を作ったのよ!」と叫ぶ自負心は、いさかいの日々にうんざりした夫を家出に追い立てた…。
トルストイは放浪の末、1910年に小さな駅舎で息を引き取った。
このため、実際には「良妻賢母」のソフィアは、ソクラテスやモーツァルトの妻と並び”世界三大悪妻”のひとりと呼ばれた。
遺産分割もない時代の妻の危機感は理解されず、チェルトコフらに看取りを阻まれたことも知られていなかった。
『クイーン』(スティーヴン・フリアーズ監督、2006年)で現役英国女王を演じたヘレン・ミレン(1945年生まれ)は、過剰な愛憎に満ちたソフィアを熱演。
トルストイ役のクリストファー・ブラマー(1929年生まれ)は『サウンド・オブ・ミュージック』(ロバート・ワイズ監督、1965年)のトラップ大佐で、なつかしい。
トルストイの生地、ヤースナヤ・ポリャーナの美しい自然を背景に、”愛の高齢化”をみつめる作品。
(マイケル・ホフマン監督/2009年/ドイツ・ロシア/112分)

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