CF039 『木洩れ日の家で』 Pora umiera

失意と決断
舞台はワルシャワ郊外、深い樹林に囲まれた古い木造邸宅。
豊かで華やかだった時代をしのばせる屋敷に暮らすのは、91歳のアニュエラ(ダヌタ・シャフラルスカ)と愛犬・フィラデルフィア。
アニュエラはこの屋敷で生まれ、恋をし、家族を持った。
夫はすでにこの世を去り、政府から強制されていた間借人(共産主義時代のポーランドではよくあったケースとのこと)もようやく出ていった。
「今なら静かに死ねそう」と感じたアニュエラは、美しい思い出にあふれた屋敷をひとり息子・ヴィトシュ(クシシュトフ・グロビシュ)に託したい。
だが、街中に住み、年に2回しか訪ねてこない息子の返事はいつも曖昧で、8歳の孫娘は「もらうなら指輪のほうがいい」と憎まれ口をたたく。
広い屋敷に暮らすアニュエラの日課は、愛犬とともにサンルームから双眼鏡で両隣の家を偵察すること。
片方は週末だけやってくる成金の愛人宅で、気に入らない。
もう一方は若い夫婦で、子どもたちのための音楽クラブを開いている。
運営は苦しそうだが、子どもたちの姿や奏でられる音楽は、愛らしかった少年時代の息子を、青春時代に胸をときめかせてワルツを踊った夫を思い出させる。
ある日、アニュエラは家を売らないかと言ってきた成金の代理人を追い返した。
しかし、その後、成金の家を息子夫婦が訪ねる姿を目撃。
盗み聞きすると、息子は勝手に家を売り払おうとしており、それをとがめているのは彼女が嫌っている息子の妻・マジェンカのほうだった。
失意のなか、アニュエラは屋敷中のカーテンを閉め、正装してベッドに横たわった。
だが、「死ぬなんて冗談じゃないわ!」と飛び起きる。
そして、音楽クラブの若夫婦を訪ね、ある提案を持ちかけた…。
主人公を演じたダヌタ・シャフラルスカはポーランドを代表する名女優で、撮影時は主人公と同じ91歳。
95歳になってなお、舞台に立っているそうだ。
本作は気品に満ちた彼女のひとり芝居に近いが、犬のフィラデルフィアの名演技(!)とあわせ、全編モノクロ映像のなかにその存在感がきらめいている。
日本でも高齢者の持ち家率は83.4%にのぼり、生涯住み続けたいという願いとともに、亡くなったあとの行方は大きな課題だ。映画の原題は『死んだほうがまし』だそうだが、死期を感じたアニュエラの決断は、「大切なものを誰に残すのか」を問いかける。
(ドロタ・ケンジェジャフスカ監督/2007年/ポーランド/104分)

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