BF071 『驚きの介護民俗学』

著者は民俗研究者から介護職員に転身した異色の経歴を持つ。
本書では、デイサービス、ショートステイなどで出会った高齢の利用者たちに「忘れられた日本人」を発見する驚きを味わい、多彩な聞き書きを紹介するとともに、「介護民俗学」を提唱する。
介護事業を営む友人と本書の話題にあり、「ああいう話は私たちだっていっぱい知ってる」と言われた。では、なぜ本書が話題になっているのか。
理由のひとつは、民俗研究者としてフィールドワークで鍛えられたコミュニケーションと文章の力に負うところが大きいだろう。
もうひとつは、「言葉を聞くという技法は介護や福祉の世界で本当に定着しているのだろうか」という著者の指摘にある。
介護学では”傾聴”による利用者の気持ちや思いの推察に重点が置かれている。
民俗学では「語られる言葉」をそのまま書きとめ、生活や文化を理解する”参与観察”という手法をとる。そして、聞き書きという行為は、驚きに満ちた「至福の時間」という。
「相手の言葉を聞く」という同じ行為でありながら、「聞いてあげる人」と「聞かせてもらう人」という聞き手のスタンスの取り方には相当の隔たりがある。
認知症があっても昔の記憶は確かであり、聞き書きには忘れられた個人の歴史がよみがえるとともに、「介護される側」と「介護してあげる側」の関係に互恵的な転換をもたらす可能性がある。
ただし、聞き書きによる「介護民俗学」には、高齢者の言葉につきあう「根気強さと偶然の展開を楽しむゆとり」が必要になる。
著者は管理者の許可を得て、聞き書きを重ねてきたが、ユニット型特別養護老人ホームの遅番勤務になって以降、聞き書きにあてる時間はなくなり、業務を滞りなくこなすには驚いている時間もなくなった。
しかし、一方で「介護の技術的な達成感の喜び」は強く感じるようになり、同時に利用者の存在が希薄になることに恐ろしさも感じた。
「介護民俗学」という視点で利用者の人生の厚みを知ることが、利用者に敬意をもって関わることにつながると提案するとともに、それを実践するには「職場環境があまりにも過酷である」という現実を指摘する。
(六車由実著/医学書院/2205円)

投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ: