著者は映画監督で、過疎の農村で活躍するニセ医者を描いた『ディア・ドクター』で知られる。
本書は映画『ディア・ドクター』のアナザー・ストーリーとして5つの短編連作をまとめたもの。
離島(人口500人)の診療所の老医師が学会に出かけるため、ピンチヒッターに出かけた病院勤務医の3日間。
小児心臓外科医の夫のため専業主婦となったベテラン看護師は、隣家の犬小屋にうずくまったままの老いたラブラドル・レトリーバーと自分は同じだと自嘲する。
港町(人口2500人)の診療所を辞めることにした医師が結局、山間部の村の小さな診療所に向かう…。
著者の関心は、地方の町村の人びとの生き方と「医療のあり方」だ。
病気は恥という概念が薄れ、診療所どころか街の病院に行くようになったのは「公に出ていく数少ないチャンスになった」から。
90代の老衰の高齢者に「点滴1本で、当面の脱水症状を逃れる」のは、「蘇生」ではなく、下降線の傾斜の形を狂わせて一時的な回復に導く「歯止め」でしかない。
「誰にも言わんから、死ぬ注射打って」と力強く腕を握る老婆、「早くぽっくり逝けますように」と毎年祈願するアルツハイマーの祖母と中年の孫娘のエピソードが現実感を持って迫る。
(西村美和著/ポプラ文庫/630円)
