BF092 『愛する伴侶を失って』

夫婦という不思議なもの
ふたりの著者は共通項が多い。
加賀乙彦は1929年、津村節子は1928年の生まれの同世代。
ともに小説家で、人生のパートナーを失ってそれほど時間は経っていない。
津村の夫・吉村昭もまた小説家で、
大学時代に出会ったふたりは、
同人雑誌の活動を経てともに芥川賞作家となった。
吉村はがん末期に、津村の目前で自ら点滴とカテーテルをはずし、
79歳で世を去った。
精神科医の加賀はフランス留学後、妻・あや子と結婚。
ふたりで長崎旅行に行く前夜、
あや子は入浴中にクモ膜下出血で息を引き取った。
先に眠っていた加賀は夜半に起きて
浴室の妻を発見し「知っている限りの蘇生術」を試みた。
だが、脈はなく体は冷えていた。
「もうだめなんだ」と思った加賀は
電話のつながらないかかりつけ医をあきらめ、
110番通報をした。
かけつけた警官と救急車はすぐに引き上げ、
翌朝の監察医の診察を待ったという。
伴侶を失った直後、ふたりともポーっとしていたそうだが、
息子は役に立ったが、「娘は泣いてばかり」で一致。
「残念でしたね」「お気を落とさないで」
という慰めの言葉も残酷なものだと合意する。
どちらもお墓に関しては問題があった。
キリスト教に入信した加賀夫妻は
140年間もつきあいが続く菩提寺から埋葬を拒否され、
先祖が眠る金沢の寺にお墓を移した。
津村の場合、夫が生前、
菩提寺の高額な寄進要求に怒って絶縁し、
マンションを持つ新潟の町営墓地に
自分用の墓を購入していた。
津村は夫がなくなった後、
気持ちの整理がつかず加賀の家を訪ねたことがあるという。
「あちらの世界があると思っていらっしゃる?」
津村の問いに、キリスト者でも加賀は
「あるかどうかはわからない。
わからないけども、あるということに賭けなさい」と答えた。
津村は毎朝、吉村の写真にコーヒーをそなえ、
加賀は毎日「おはよう」「おやすみ」と呼びかけるという。
50年を連れ添った伴侶を失ったことによって
引き起こされた喜怒哀楽や
「夫婦という不思議なもの」のあれこれが
おだやかに語られる。
(加賀乙彦・津村節子著/集英社/1260円)

投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ: