「おしまい」ではなく「はじまり」
イグナシオ・フェレーラス監督(スペイン)は、日本のアニメに夢中で育ったという。
本作はマンガ『皺』(パコ・ロカ著)を映画化したもの。
銀行の支店長だったエミリオはアルツハイマー型認知症になり、手を焼いた息子夫婦はアパートを売り、高級有料老人ホームに入居させた。
病気の自覚がなく不安いっぱいのエミリオだが、同室のミゲルは「うまく立ちまわらなきゃ」と陽気。
だが、彼は誰よりも病気の悪化を恐れていた。
2階は介護フロアで、時折、叫び声が聞こえる。
「2階に行ったら終わりさ」というミゲルは、その時を拒むためにひそかに薬を貯めている。
食堂のテーブルには、孫のためにバターやティーバッグをせっせと貯めるアントニア、アルツハイマーの夫・モデストに付き添うため一緒に入居したドローレスなど、さまざまな背景をもつ人びとが集う。
エミリオは他の入居者からことあるごとに小銭を巻き上げるミゲルが気に入らない。
でも、単調な暮らしのなかで貴重な話し相手だ。
ある日、エミリオは介護スタッフに、モデストと自分の薬を間違えられ、認知症であることに気づいて、ショックを受ける。
だが、プールに飛び込むエミリオを目撃したミゲルがあわてて駆けつけると、「私はまだ、死んでいないんだ。ただ、泳ぎたかっただけさ」とつぶやく。
そして、モデストは2階に移り、ドローレスもついていった。
エミリオの症状も次第に進行する。
2階に送られたら大変と、ミゲルはエミリオの定期健診のカンニングや妨害工作に大わらわ。
でも、もう限界だ。
「家に帰る」と言いだしたエミリオのため、ミゲルは闇ルートで大金をはたいてスポーツカーを購入し、アントニアと3人でホームからの脱出を決行する。
でも、運転できるのはエミリオだけ…。
アニメーションが描き出す人びとのしぐさや心情はリアリティに富み、切ないときもある。
しかし、寂しさを抱えたミゲルが最後に選んだのは、2階のエミリオのそばで暮らす「住めば都」路線。
残されたアントニアも、オリエント急行の乗客のつもりで窓辺に座り続けるロサリオの部屋を訪ね、終着駅まで一緒に行くことにする。
NHKハートネットTVは認知症特集『自分らしく生きよう』(2014年7月15日放映)で、フェレーラス監督は「失われたことより、残っていることを大切にしようと思った」と語った。
(イグナシオ・フェレーラス監督/2011年/スペイン/89分)
