なんでもやってあげて、尊厳死をアシスト
第153回芥川賞ダブル受賞作品のひとつは、介護がテーマというので購読。
主人公・健斗は28歳。東京・多摩ニュータウンで、母親、祖父と一緒に暮らしている。
5年間勤めたカーディーラーの仕事を辞め、行政書士資格試験の勉強をしながら再就職活動中だ。
87歳の祖父は、長崎で次男夫婦と10数年暮らし、長男の家に移り住んだのち、埼玉で暮らす独身の三男と4年間暮らして、長女の母の家にやってきた。
365日のうち330日以上「早う迎えにきてほしか」とつぶやいているが、生死にかかわるような病気はない。
母親は祖父の際限のない甘えに、慢性的に苛ついている。
健斗は突然、祖父のぼやきを真摯に受けとめるべきではないかと思い至る。
だが、ネット検索しても「老人に穏やかな尊厳死をもたらしてやるための現実的手段」の情報はない。
グループホームで働く友人を呼び出し、「骨折させないまでも、過剰な足し算の介護で動きを奪って、ぜんぶいっぺんに弱らせることだ」、「中途半端に弱らせて死なせてあげられなかったら、介護が今より面倒になって、家庭介護者のストレスは増す。後戻りする可能性があるくらいなら、絶対やるな」と助言を受ける。
で、「孝行孫」は「祖父が社会復帰するための訓練機会を、しらみ潰しに奪ってゆかなければならない」と決意。
祖父の部屋を片付け、衣替えを手伝い、なんでもやってあげる日々がはじまる。
彼のなかでは、「プロの過剰な足し算の介護」は楽に仕事をこなすために”優しさ”を発揮しているだけで、自分の行為は「尊厳死をアシストするために葛藤を押し殺して手伝う」もので、行動理念が違うということになる。
ミッションを得た健斗が筋力トレーニングに励み、勉強にも集中力が増し、恋人にも強気の態度に出るところが面白い。
だが、ある日、祖父が急性心不全で苦しんでいるのをみつけた健斗は、「苦しい中での死は祖父の望むものではない」と判断し、「薬漬け病院」にかつぎこむ。
そして、「窓もなく、誰もが等しく猫なで声というマニュアルの対象者とされてしまうこんな非人道的かつ不気味な空間」で祖父を死なせるわけにはいかないと思う。
退院した祖父は前よりも弱っていたが、浴室で溺れかけ「死ぬとこだった」と言う。その言葉に健斗は「自分は、大きな思い違いをしていたのではないか」と衝撃を受ける…。
ニートな主人公が、祖父という弱者に向きあい、少し成長する物語。
ユーモラスな味わいが面白いが、2004年の『介護入門』(モブ・ノリオ著)といい、芥川賞は孫介護が好きなんだろうか。
(羽田圭介著/文藝春秋/1296円)
