BF100 『老妻だって介護はつらいよ 葛藤と純情の物語』

「老妻」があげた狼煙


驚くほど健康体で「ゴリラ」と呼ぶ夫が、「脚が痛い」と言った。
なじみの総合病院の整形外科医は「腰椎すべり症」と診断。
おまけにネット詐欺に引っ掛かり、精神内科クリニックでは「老人性妄想」と言われる。
糖尿病で内科にも通院。
夫は3か所、妻は5か所の通院で「老後は、病院お遍路さんだ」。
おまけに、夫だけを通院させると「どうして付いてこないんですか」と医師から電話で怒鳴られる。
ネット詐欺には「あなたの”旦那さん教育”が悪かったからですよ」。
一方、「ばあ様の病気の場合は、ばあ様自身の自己責任であるからして、じい様は家でテレビを見ていても許される」。
これは「老妻ハラスメント」だ。
著者は夫の深酒に暴力、家族嫌いなどに深い失望がある。
だが、痛みの苦しむ夫の姿に、「あんたの自業自得よと思いながら、実際の姿を見ていると、涙が出てくるのだ」。
しぶる夫を説得し、大学病院を受診した結果は「閉塞性動脈硬化症」。
入院させてひと安心と思ったら、壊疽部分を切断する可能性に震えが来る。
「人生のどん詰まりに、やってくる夫の介護」。
著者の胸にあふれるのは、過去の葛藤ばかり。
「人生のラストスパートの時に、足止めをくらっている」との思いが抜けず、「どうして、健気な気持ちになれないのだろう」と自問を繰り返す。
介護者は多様化しているが、高齢世帯の増加とともに老老介護が増え、圧倒的に多いのは「老妻介護」だ。
老妻は「発言しない、発言する体力も気力もない、方法を知らない」サイレントマジョリティだ。
夫婦間介護は美談が多いが、介護者が抱く「介護感情」は複雑なもの。
多様な思いが錯綜する著者の地域の一次医療を担う医師や「在宅療養原理主義者」への怒りも炸裂。
「老妻ははっきり言おう。妻だからと、夫婦愛を強制しないで下さい」。
「老妻だって介護は辛いのです!」。
(沖藤典子著/岩波書店/1944円)

投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ: