BF152 『イタリアからの手紙』

『イタリアからの手紙』
2020年2月、イタリア北部で新型コロナウイルス感染症が急増し、たくさんの棺が並ぶ写真に痛ましい思いをした記憶がある。
高齢者施設では、入居者の感染拡大におびえた介護職員が職場放棄したという報道もあった。
本書の著者、ラッファエーレ・ブルーノは、ロンバルディア州パヴィアのサン・マツテオ総合病院の感染症科部長で、2020年1月には中国の武漢で起きた事態に注目していた。
月末には、中国人観光客2人がローマの病院に入院。
首相は即座にイタリアと中国を往来する航空路線の運航停止を発表した。
そして、2月22日、イタリアにおける感染第一号となった38歳の男性が、ブルーノ医師の元に救急搬送されてきた。
男性には、臨月の妻がいたが別の病院に入院、さらに彼の父親も発症していた。
その日以降の記録を読むと、イタリア北部の感染の広がりがいかに急激なものだったか、よくわかる。
サン・マツテオ総合病院の感染病棟は44人の受け入れが可能だったが、「緊急事態の波状攻撃」に襲われたという。
2月28日以降、感染症専門医たちはチャットグループを作り、情報交換や支援のやりとりをはじめた。
著者は診察室と病棟、集中治療室、そして絶え間ない会議を行き来して暮らす日々となった。
だが、病院の外には「すべてうまくいく」と書かれた激励の横断幕が掲げられ、午後6時になると歌声が聞こえる。
お菓子やミネラルウォーターにTシャツ、ピッツァリアからは夕食のピッツアの差し入れが届き、「私たちは孤独ではないのだと思えた」。
3月になり、イタリア政府はロンバルディア州全域のほか、エミリア・ロマーニャ州やヴェネト州などを封鎖した。
そして、みんながウイルス学者や感染症専門医、あるいは疫学者になってしまったような事態となる。
著者は「真実にまっすぐ向き合う姿勢をとりつづけるためには、たとえその分野の専門家の言葉でもすべてが正しいとは限らない、ということも覚えておかなければならない」という。
もうひとつ、著者は、友人や知人、見知らぬ人、マスコミから「ロックダウンはいつ終わるのか?」と質問攻めにあう日々を送ることになった。
感染症のプロとしては、「イタリアの感染者がゼロになってから40日が過ぎるまで家に閉じこもっていてください」と正しく答えたいが、「決断するのは政治家の仕事なのだ」。
本書でとても驚いたのは、感染第一号となった男性の名前が公表されていたことだ。
マッテアという人だが、イタリア中の人たちが「マッテアを救うことは、すなわちイタリアを救うことだ」と回復を待ち望んだ。
病院には励ましの手紙やメール、プレゼントがたくさん届いた。
日本で感染第一号の人の名前は公表された記憶はない。
もし公表されていたら、日本の人たちはどんな反応をするだろうか?
国民性の違いと言ってしまえば、それまでかも知れないが、イタリアの人々は素敵ではないか。
そして3月、第一号患者は目覚め、担当医の著者のもとには感謝のメールがいくつも届いた。
だが、死亡者は急増し、墓地で受け入れない人たちは別の町に移送され、火葬を待つ事態となった。
マッテアは回復したが、父親は亡くなった。
イタリアは大規模な感染が起こった最初の国ということで、各国の医師や研究者が連絡を寄こし、さまざまな議論を重ねたという。
中国の派遣団との意見交換が興味深かった。
イタリアの病院の勤務シフトは7~8時間交代だが、中国では14日間泊まり込みで勤務し、次の14日間は家にこもって自主隔離というサイクルだという。
中国のほうが合理性が高いのかもしれないが、どうだろう?
2020年5月4日、ロックダウンが終わり、安全措置の段階的な解除がはじまった。
病院でも集中治療室の入院患者がへりはじめた。
多忙を極めた著者も7月には、休息をとることができた。
仲間の医師たちと語り合ったのは、「この緊急事態が終わったら、”普通”という概念そのものが変わるのではないか」ということだ。
本書の記録からすでに1年以上が経過しているが、新型コロナウイルスは変異しつながら、私たちを脅かし続けている。
著者が「”普通”は特別なのだ。よく覚えておこう」としめくくった言葉が心に響いてくる。
(ラッファエーレ・ブルーノ&ファビオ・ヴィターレ著/田澤優子訳/ハーパーコリンズ・ジャパン/1300円+税)

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