BF156 『マンモスの抜け殻』

『マンモスの抜け殻』
1980年の夏、東京のマンモス団地から物語ははじまる。
いまから40年以上前の設定で、モデルは新宿区の戸山団地みたいだ。
主人公は、幼なじみの勝也と尚人、そして環の3人。
高度経済成長が終わりを迎えた80年代だが、団地暮らしを知らないので、つつましい暮らしぶりであることにまず、驚いた。
そして、21世紀を迎え、マンモス団地はほとんどが高齢世帯になり、都内有数の孤独死多発地帯となった。
その団地で、殺人事件が起きた。
被害者は83歳、大久保や歌舞伎町で飲食店を手広く経営し、介護事業にも手を染めていた男性だ。
勝也は警視庁捜査一課の刑事になり、事件を担当する。
環は投資情報会社の社長になり、「美人投資家」としてメディアをにぎわす有名人になっていたが、防犯カメラに被害者と会っている映像が残っていた。
尚人は事件のあった団地のデイサービス施設(お泊りデイサービスか?)で、介護職員として働いている。
施設の経営者は半年前、被害者に交代し、新任の施設長は、給与を維持するため、離職者を増やさないためという理屈で、尚人に介護報酬の水増し請求を求める。
おまけに、医師に偽りの診断書を作らせ、より重度の介護が必要とさせ、利用者を「介護漬け」にする(隠語で”漬け”と呼ぶそうだ)。
殺人事件をめぐり、幼なじみの3人が再会し、巨大団地に隠ぺいされていたおぞましい過去が浮かび上がるというミステリ。
そこに、介護保険サービスがからみ、大都市部の高齢者問題に踏み込む。
だけど、介護保険がテーマということもあり、エンターテイメントであれば許されのかなあとも思いつつ、制度への認識が気になり、あちこちでつまづいた。
「介護保険料の引き下げは、末端のヘルパーやスタッフを苦しめる」。
「不正請求が相次いだことで国が方針を転換し、介護報酬を下げたため、業界全体で低賃金がまかり通るようになった」。
介護保険料は一度も引き下げになったことはないし、引き上げが続いて、中・低年金の高齢者は天引きされる介護保険料に悲鳴を上げている。
コムスン事件はあったけれど、介護報酬が引き下げられたのは、不正請求が原因ではなく、小泉政権以来の「骨太の方針」による政策で国庫負担を抑え、経済団体も事業主負担の増加を嫌うことにあると思う。
著者のファンなので、なかなか、悩ましい認識だ。
ただし、悪質な労務管理、特に「サービス残業」のエピソードは、あるのかも知れないなと思った。
「結果的に給料が減るような事態に直面しましたが、必然的に現場のヘルパーに皺寄せがいきます。つまり、闇残業が横行します」。
「仮眠すなわち眠ること、それは休んでいて仕事をしていない時間。ならば金を払う理由がない」。
介護労働者の電話相談では、「サービス残業」への苦情が結構あったことを思い出す。
とはいえ、ラストでは「地域包括ケアシステム」のもと、国家戦略特区でデジタル化による新たな介護サービスの未来が描かれる。
犯人の意外性よりも、著者が描く介護の近未来図に、うーんとうなってしまった。
(相場英雄著/文藝春秋/1800円+税)

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