BF157 『ケアマネジャーはらはら日記』

『ケアマネジャーはらはら日記』
とても真面目な「ケアマネさん」の20年の日記は、ほぼ介護保険制度の歴史だ。
最初に「私は優秀なケアマネジャーではない」と断りがある。
書類整理などの実務に追いつけない…というけれど、厚生労働省の膨大な通知や事務連絡文をみていると、私なんぞは最初から怖気づいてしまう。
著者は1994年、「老人病院の介護職員」に採用された。
病院内では「おむつ交換おばさん」(!)と呼ばれていたという。
その後、社会福祉協議会の登録ヘルパーとして働き、通信教育で介護福祉士の資格を取得。
老人保健施設で相談員をしているときに、介護保険がはじまり、ケアマネジャー(介護支援専門員)という新しい職業が登場。
2000年11月、第2回のケアマネジャー試験に合格した。
そして、業界大手の株式会社を振り出しに3か所の居宅支援事業所で働き、医療法人が運営する地域包括支援センターの主任ケアマネジャーを12年間、務めた。
看護師、社会福祉士の3人で、県営団地やUR団地を含め6,000人の高齢者が相手だったという。
ケアマネジャーは「常時、大なり小なり、利用者の怒りにさらされる」。
しかし、「激怒している人は困っている人、不安と悲しみでいっぱいの人だ」。
とはいえ、仕事は「多難すぎる日常」と「本日も残業なり」の積み重ね。
利用者や家族だけでなく、民生委員や老人会、自治会の役員たち、清掃局に郵便局の職員たち、駐在所の警察官からの相談にまで対応する。
「老いと死の最前線」には、離婚や独身で「キーパーソン不在」の高齢者が増えている。
親族を探し出して連絡しても「いっさい関わりたくない」と突っぱねられることも多いという。
「ケアマネは、利用者の墜落を恐れる。墜落しないようにあらゆる施策をとり、どこかに不時着させなければならない」。
しかし、利用者の問題に対して、いくつもの”解決策”が浮かんでも、どれば利用者や家族にとっていいのか、「正解のない選択肢をしつも探しまわっている」。
いつ何時、どんな相談が飛び込んでくるかわからない仕事に、「頭はいつも心配事でいっぱいだ」。
地域包括支援センターでは、高齢者の見守り事業もしている。
遠方に出かけてしまった高齢者を誰が迎えに行くのか、市役所とのとのやりとりの結末が興味深い。
定年の延長を願い出たのに断られ、必死で探した次なる自治体の地域包括支援センターは、介護認定の申請を受け付けたり、介護保険のサービスを勧めると非難されるところだった…。
どこかで聞いたような自治体だが、認定申請者に「通いの場」(地域支援事業)を勧める同僚たちと折り合いがつかず、辞めざるを得なかった。
しかし、小さなNPO法人の居宅介護支援事業所に採用され、「まだまだ辞められない」という思いでいるそうだ。
ケアマネジャーの仕事をユーモラスに紹介しながらも、「介護業界はタテ社会とヒエラルキーにしばられていて、一般社会からすると、カビが生えたような古い体質を維持している」、「総じて、ケアマネジャーは看護師に頭が上がらない」といった指摘に教えられること多々あり。
著者は「私はこの仕事が好きだからやってきた」と繰り返し語る。
利用者を支えることをミッションとする著者のようなケアマネジャーが、長く仕事を続けられ、もっと増えてくれるといいなと心底、思う。
(岸山真理子著/三五館シンシャ/1300円+税)

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