BF159 『サラ金の歴史 消費者金融と日本社会』

『サラ金の歴史 消費者金融と日本社会』
介護保険の施設サービスは、2003年改正で食費・居住費が自己負担化され、補足給付(低所得者への軽減策)があわせて作られた。
その次に、補足給付の対象になるには、所得だけでなく預貯金もチェック対象になったとき、「収入だけでは足りず、サラ金から借金して払っているが、いつまで続けられるか」という電話相談が入ったことがある。
理屈のうえでは、預貯金が基準より1円でも減ったら、補足給付の対象に戻るはずだけど、それぞれ事情があるのだろうとも思う。
そんなことを思い出して、本書を読んでみた。
「まえがき」に早速、「貧困に苦しむ人びとがサラ金を利用せざるをえない」ことが指摘される。
しかし、著者は「営利を目的とするサラ金だけが、貧困に陥った個人の窮状を救ってくれる存在」であることに着目して、「サラ金がセイフティネットを代替するという『奇妙な事態』が生まれた歴史的な背景」を考察した。
戦前の「素人高利貸」の時代、「質屋・月賦から団地金融へ」、高度経済成長期に登場した「サラリーマン金融」とたどるなかで、子ども時代、両親の会話に出てきた「月賦」を思い出した。
1938年に大蔵省が主導して設立した庶民金庫を物珍しく思ったが、「優生結婚資金貸付」に驚いた。
結婚資金の貸し付けだが、戦争のための国家総動員法と国民優生法のもと、少子化対策、兵力増強、つまり「優良」な子どもの出産奨励に結びついていたという。
戦後は、主婦が利用する質屋(テレビドラマや小説にもよく出てくる)から、月賦、団地金融と変遷がある。
ここでも、1898~1947年までの民法では、妻は未成年者や禁治産者に準じた「限定無能力者」なので、借金が制限されていたことを教えられてびっくり。
既婚女性が質屋を利用するには、夫の許可を得て、夫の名義で通帳を作るのが一般的だったという。
1961年、割賦販売法が制定され、月賦販売が広がり、冷蔵庫に洗濯機、テレビという「三種の神器」の購入が広がったそうだ。
「合理的な文化生活」を求める団地族が競うように購入したが、家計が一定の「信用」を獲得したことも意味するという。
団地金融からサラリーマン金融まで、創業者たちの理念やライフヒストリーの紹介も興味深い。
1978年には、家計管理者である妻に給料をそっくり渡し、小遣いをもらうサラリーマン世帯が9割を超えたそうだ。
小遣いが残り少なくなる月末に「女房に内緒の金」を求めて男性たちがサラリーマン金融を利用したという説明にも、親世代の話なので、知らなかったなあと思ってしまう。
大学進学率が伸びて、「学生ローン」が登場する。
低成長期には「主婦による生活費の穴埋め」のための資金需要が注目され、ポケットティッシュ配りがはじまる(これは路上でずいぶん、もらった)。
サラ金業界のネットワークづくりに分裂劇、団体信用生命保険の導入による債務者の自殺の増加(「事故責任論の内面化」で徹底的に追いつめたという)、債権回収を担当する社員(「感情労働」のひとつという)のコントロール術など、ノンフィクションの迫力に息を呑む。
多重債務に苦しみ破産に至る人たちの存在が社会問題になり、貸金業規制法が制定され、消費者金融は銀行システムに組み込まれ、今度はクレジットカードの問題が浮上する。
おまけに、2010年の貸金業規制法の改正では、「収入のない専業主婦(主夫)」が借りる場合には、「配偶者の同意書」が必要になったという。
旧民法に逆戻りしたのは、はじめて知った。
借金というのは、ずいぶん法律に基づくものなのだなあと思うが、サラ金の規制強化により、特殊詐欺への転業(!)、インターネットを介した個人間融資の復活という指摘に、課題の複雑化を感じる。
なによりも、「預金口座で給与を受け取り、わすがであっても金融機関に金を預けている私たち自身が、究究極的にはサラ金の金主だった」という指摘は、繰り返し考える必要があるだろう。
(小島庸平著/中公新書/980円+税)

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