CF119 『わすれな草』
Vergiss mein nicht
学生運動世代の認知症
本作の舞台はドイツ。
73歳でアルツハイマー病を発症した監督の母・グレーテルをめぐるドキュメンタリー作品。
ちょっと異色なのは、彼女の人生の軌跡だ。
母の記憶障害がはじまり、末っ子のダーヴィット(監督)は両親を助けるために帰省した。
数学の大学教授だった父・マルテは息抜きのため、旅行に出かけた。
だが、母との1週間の生活で、息子は疲れ果てた。
でも、幸運なことに、母が生家のあるシュトゥットガルトに行きたいと言い出す。
母の姉がまだ暮らしている。
過去を掘り下げると、母の意識は覚醒する。
ところが、カメラをまわす息子は「母の記憶から消えゆく過去」をほとんど知らなかった。
両親が若者だった1960年代はベトナム反戦や公民権運動が高揚し、ふたりとも活動家だった。
父は大学助手の仕事を失い、チューリッヒに移住。
母は女性参政権運動(スイスで女性参政権が認められたのは1971年)や過激な革命グループに参加し、警察からマークされていた。
監督はスイスの図書館で極秘文書を閲覧して、母の活動歴をはじめて知った。
当時の最先端カップルの「結婚の条件」は、お互いを束縛しないこと。
両親ともに、それぞれ恋人がいた。
1975年になって、娘ふたりを連れてドイツに戻るとき、父は恋人と暮らすことを考えていた。
でも、母との話しあいで、結婚は続けることになった。
「両親が折り合わなかったら、僕は生れていなかった」。
父は空白の多かった夫婦生活を反省し、自宅での介護に懸命だ。
「施設に入れたら薬漬けにされる」。
しかし、風邪がなかなか治らないグレーテルに不安を抱き、施設に預けてしまった。
ところが、「元気になったけれど、まったく他人になってしまった」。
監督とその姉たちは「一緒に世話をする」と父を励まして、母は再び家に戻った…。
日本でも全共闘世代が全員、後期高齢者になる2025年が目前だが、外国人労働者のホームヘルパーとの面接や高齢者施設の風景など、垣間見えるドイツの介護事情も興味深い作品。
(ダーヴィット・ジーヴェキング監督/2013年/ドイツ/88分)
