CF153 『恍惚の人』
介護が内包するヒューマニズム
原作は半世紀前の1972年、有吉佐和子のベストセラー小説だ。
介護関係者は知る人が多いだろうが、認知症、あるいは認知症介護をはじめて本格的に取りあげた作品とも言われる。
本作の公開は翌年だから、とても素早い映画化だ。
冒頭、妻に先立たれたばかりで、商店街をさまよう立花茂造の顔が迫ってくる。
当時、60歳の森繁久彌が84歳を演じているが、認知症の兆候を示す不安とあせりを浮かべた表情がリアルだ。
茂造は、東京近郊の長男一家の離れで暮らしている。
長男・信利は多忙な商社マン、妻・昭子は都心の法律事務所で事務員として働き(パートだろうか?)、大学受験を控えた孫・敏がいる。
昭子がデパートで買い物をして帰宅する姿に、経済的にゆとりある暮らしぶりがうかがえる。
茂造の言動は日増しにおかしくなる。
息子を忘れて、暴漢呼ばわり。
信利はそれをいいことに、知らんふり。
昭子は仕事を休み、懸命に世話をするが、夜中に大声を出し、失禁する茂造のために、睡眠不足が重なり、疲労困憊していく…。
1970年に高齢化率7%の「高齢化社会」になったばかりで、「国民皆保険・皆年金」がようやく浸透したころだろう。
介護保険は当然ない。
福祉事務所の相談員は、特別養護老人ホームは低所得者向けだから、精神病院しかないと言う。
専業主婦が圧倒的だった時代、昭子のように「お嫁さん介護」に奮闘する人は少なくなかっただろう。
映画を観ながら、かつて電話相談で、「嫁だから介護するのではない、人間として見捨てらないからだ」と言われたのを思い出した。
先駆的な社会派作品としての評価も高いのだろうが、高峰秀子が演じる昭子の姿に、血のつながりの有無ではなく、介護という行為のなかにあるヒューマニズムを考えさせられた。
(豊田四郎監督/1973年/日本/102分)
