BF166 『家政婦の歴史』
2022年、過酷な泊まり込み介護・家事労働で死亡した女性をめぐり、東京地方裁判所は「家政婦」は「家事使用人」だから、労働災害の保障はないという判決を出した。新聞記事を読んだとき、「家政婦」は労働基準法から除外され、労働者ではないことに本当に驚いた。
地裁判決が示した課題はふたつあると思う。ひとつは、労働基準法の対象にならない労働が長期にわたり存在していること。もうひとつは、ほぼ24時間介護に従事した女性の労働は、介護福祉士の資格を持つホームヘルパーとしての「介護業務」はわずかで、「家政婦」として夜間の休憩時間も2時間おきにおむつ交換を求められるのが「家事業務」なのか、ということだ。
本書を読めば、「家政婦」あるいは「家事使用人」の課題がわかるかなと期待したが、著者が調べ上げたのは「そもそも家政婦は労働基準法が適用除外している家事使用人ではなかった」という日本の近代史だった。
1947年に労働基準法が施行されたとき、「家事使用人」は適用除外だったが、「家政婦」は労働者だった。
そして、1998年まで「家政婦」は労働基準法の上では労働者だったという。
1947年に施行された労働基準法にある「派出婦会」は、大和俊子という女性が1918年、大正時代にはじめたニュービジネス。
「労務供給事業」と呼ぶそうだが、スペイン風邪の流行で中流家庭の「家政婦、付添婦、看護婦」への需要の高まりもあり、「伝統的な女中から派出婦への大規模なシフトが生じた」という。
しかし、太平洋戦争で日本が負け、GHQが主導して「新たな労働法が続々と作られた」とき、「労務供給事業」はほぼ全面的に禁止された。
でも、需要も供給体制もあるということで、1951年、「家政婦」は「有料職業紹介事業」の対象業種に追加され、「家事雑役、患者の雑事世話の仕事に臨時的に雇用される婦人労働者」になったそう。
だが、「労務供給事業」から「有料職業紹介事業」になったことが、「女中ではなかったはずの家政婦を、いつの間にか家事使用人というカテゴリーの中に放り込んでしまう結果となった」。
1946年当時、労務法制審議会や公聴会、国会などで、市川房枝や荒畑寒村をはじめ「家事使用人」に労働基準法を適用すべきという主張もあったという。
そして、労働基準法、労災保険法では「家政婦」は労働者、「家事使用人」は適用外として続いてきた。
「家政婦」と「家事使用人」の定義と分類の変遷を読んでいると頭が痛くなるが、「派出婦会」は「家政婦紹介所」になり、介護保険法の成立とともに「家政婦紹介所のままで、別途介護保険法に基づく請負による訪問介護事業者としての二枚看板を掛けるというやり方が一般化」した。
著者が「本来適用除外されるべき家事使用人がいま現在存在しているのか?」と疑問を呈し、「使用者は紹介先の個人家庭だという法的フィクション」と指摘しているのは参考になった。
なお、厚生労働省労働基準局は2023年8月1日、労働政策審議会労働条件分科会に「家事使用人の実態把握のためのアンケート調査」を報告し、2024年2月8日には『家事使用人の雇用ガイドライン』を公表した。
9月19日、東京高等裁判所は、長時間の労働と死亡には関係があると判断し、東京地方裁判所の1審判決を取り消し、労災と認める判決を出した。
報道では「個人で契約している家政婦の労災が認められるのは異例」とのことだが、「適用除外の規定の廃止」に到達できるのかどうか、注目したい。
(濱口桂一郎著/文春新書/1000円+税)
