BF169 『町内会 コミュニティからみる日本近代』
東京に住んでから、町内会の会費徴収があり、回覧板のほか当番もまわってくる。
ずいぶん前のことだが、会費集めに来た人に「隣組です」と名乗られて、びっくりしたことがある。また、当番になって歳末助けあい募金をもらいに行った家の人に「入っている意味があるかしら」と問われ、思わず「おつきあいなのでは」と答えた記憶もある。
とはいえ、回覧板の情報(地域包括支援センターの案内も入っている)以外、地元の町内会のことはほとんど知らない。
なので、「日本の国家=行政がどのように社会を統治してきたのか」、「それを支えた人々がどのような社会的存在であったのか」をひもとく本書を読んでみた。
町内会(あるいは自治会)の定義は、「『共同防衛』を目的とする『全戸加入原則』をもった地域住民組織」という。
「共同防衛」って聞きなれないと思ったら、「災害や外敵の侵入、内的な秩序破壊としての犯罪の発生などを防ぐ」という定義がある。
でもって、町内会の特質は、①加入単位は個人ではなく世帯、②一定地区居住者の全戸加入を原則とする、③機能的に未分化である、④一定地区にひとつの町内会しかない、➄地方行政における末端事務の補完作用をなす、⑥旧中間層の支配する保守的伝統の温存基盤となっている、ということなのだそう。
なんとなくわかる気はするけれど、「③機能的に未分化」というのは、すべての住民に必要と思われる「公共的な活動の基本原理」は行政が担うべきものだけど、行政に積極的に協力する「➄末端事務の補完」を担当している。
とはいえ、行政のブランチではなく、加入に強制力をもたない民間団体というのがファジーなのか。
本書はなぜ、町内会が成立したのか、明治政府の成立過程から解いていく。
廃藩置県により江戸時代の村落の区域が否定され、新たな行政区と区長が置かれた。
区長・区長代理は村落の社会的リーダーである豪農層が担ったが、それは「政治的意思決定からは遠ざけられ、すでに決まったことを執行する行政への協力だけにその権限を限定される」ものだった。
これは、「人々を社会的にとりまとめることのできる人や組織を最大限に尊重しながらも、そこからは独立した政治的意思決定の仕組みを巧妙に保持しつつ、政策の実施過程では最大限の協力を取り付けるという形態での人々のとりまとめ方」、つまり、日本の行政における「統治の原理、技術」なのだという。
発端は19世紀というけれど、介護保険制度と地域支援事業(とくに『住民団体』の参加)や「地域共生社会」の議論にも通じる「行政における統治の原理、技術」なのだろうか。
第二次世界大戦に向かうなか、1940年に内務省訓令「部落会町内会等整備要領」が出され、戦時体制に協力するため町内会の拡大が奨励されていったそう。「大政翼賛会において、国民細胞組織として位置づけられていった」。
町内会の近代ルーツは「隣組」なんですね。
でもって、敗戦後、アメリカ占領軍(GHQ)に解散禁止令を出される。だが、食糧などの配給制度をまわすには、戦時下の町内会・隣組の組織を使わざるをえないので「別組織の形を借りて事実上町内会が維持されることが多かった」。
1970年代には、公害問題をきっかけに住民運動が広がり、革新自治体の登場、サラリーマン層の台頭などを背景に「コミュニティ施策」が登場する。
新しい参加型、対話型のコミュニティの登場になるかと思いきや、多くの市民は「コミュニティ組織の管理・運営という仕事に、あまり興味を示さなかった」。
町内会もまた、「1980年を境に徐々に衰退していき」、「現在ではすでにこれまでと同じように自治会・町内会が存続する基盤は、失われたと考えるべきである」。
とはいえ、「阪神・淡路大震災と東日本大震災以降、逆に町内会への期待は逆に高まることになる」。
2024年1月の段階で、町内会への加入を促進する自治体条例が24市区町村で確認されているという。
なかなかアップダウンの激しい近代史の説明は勉強になった。
だが、最終章「町内会と市民団体」にはつまづいた。
町内会も市民活動団体のどちらも、高齢化による担い手不足は同じ。
行政は「行政への自発的な協力の最大動員システム」として市民活動団体にも期待している。
だが、著者は「世帯・全戸加入・多様な活動」の町内会に比べて、「個人・任意加入・特定の活動」の市民活動団体が「行政の旧来からの統制を引き続き受け入れていくだけの持続性をもちうるのか」と疑問を呈する。
そして、「自治体の行政や議員がその声を聴かざるをえない特権的な場を、町内会が確保してきたというこの成果は、住民自治にとってかけがえのない財産」という。
で、町内会に「行政や議会への窓口機能だけを」残し、行政の「諸々の下請業務」を市民活動団体に担当してもらってはどうかと提案するのだ。
町内会が「行政や議会への窓口機能」を握り続ける限り、「特権的な場」を維持することになる。
そのことに反発、あるいは関与したくない人たちが市民活動の担い手だろう。
著者が市民活動団体に「諸々の下請業務」を期待するという発想に、驚いた。
(玉野和志著/ちくま新書/840円+税)
