BF049 『どうせ、あちらへは手ぶらで行く』

 最愛の妻を想うエッセイ集『そうか、もう君はいないのか』(新潮文庫)を遺した作家は長年、『文化手帳』に短い日記やメモを残していた。
 本書は娘がまとめた作家が71歳(1998年)から79歳(2006年)まで9年間の記録だ。
 永井荷風の『断腸亭日乗』など著名作家は、死後に読まれることを意識して日記を書く。だが、本書はまったくのプライベートなメモといっていい。

 1999年9月までは、妻・容子と仲むつまじく食事やショッピングを楽しみ、取材のための海外旅行、ゴルフなどを勤勉にこなしている姿を知ることができる。外食は洋食屋「つばめグリル」がお気に入りで、箱根パレスホテルがごひいきでだったこともうかがえる。
 妻が健在なときは、「原稿にフルに集中を!!」といった仕事をするためのメモが多い。しかし、妻の肝臓がんがわかり5ヵ月で亡くなったあとは、「半ば宙に浮いている感じ」の孤独感に包まれながら、「ふさぎこまないでdynamicに生きよう」とみずからを奮いたたせる。

 娘一家が近居しているとはいえ、ひとり暮らしでメモや眼鏡、鍵、原稿まで探すことが増え、「この頃 わが家では いろいろな物が歩き出す」、「約束も歩く 言ったことも 言われたことも 歩き出す」けれど、「どうせ あちらへは 手ぶらで行く」とユーモラスな詩も綴る。
 体重の低下に不安を覚えつつ、「楽楽鈍」「鈍鈍楽」と繰り返し書きつけ、1回限りの生を楽しむ姿勢を保とうとする生真面目さを知ることができる。
 巻末には、妻と出会った24歳(1951年)の手帳も紹介され、作家の青春のひとこまも教えてもらえる。
(城山三郎著/新潮文庫/362円)


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