図書館でみつけて最近、読んだが、著者が1999年当時、認知症の妻を介護するため市長職を辞したことは、全国的な話題だった。
任期を1年残して辞職したのは、介護時間が増え公務に支障が出てきたこと、そして市議会議員選挙と同時選挙にすることができる、という理由だったそうだ(同時選挙は、市民の市長選への関心を高めることができる、選挙費用も節約できるという)。
極めて個人的な事情だが。その反響は大きかった。辞職報道は予期せぬ全国紙の一面トップとなり、取材が殺到し、20歳~87歳まで各地から手紙もどっさり届いた。
本書では、1993年に骨粗しょう症が悪化し認知症状が出てきた妻のこと、「家事能力ゼロ」からスタートした介護生活、辞職のいきさつなどが率直に語られている。
働きながらの「自宅介護は戦争や」。食の細い妻の頬を「もっと食べんか」とたたいたこともあるが、知人の医師に「恐怖心をあおるだけや」とたしなめられて猛省したこと。ふとしたきっかけで正気を取り戻した妻に「いつもごめんな」と言われ、「早よ死なんかな」という思いを払しょくできたこと…。
最近でこそ介護者の3割が男性となったが、介護保険がはじまる頃、カミングアウトするケースは少なく、市長職というのはインパクトが強かったこともよくわかる。
だが、大正13(1924)年生まれの著者は、お見合いで「かわいい嫁はん」と結婚したものの、毎晩のように飲み歩き、給料は家にまったく入れなかったという正直な告白には驚いた。家事育児を一手に引き受けた妻はひとこともグチを言わなかったが、市長選出馬だけは「絶対に嫌や」と抵抗し、市長夫人と扱われることに不満をもらしていたというエピソードも興味深い。
退職後の「わし流介護」の報告のほか、介護保険サービス施行を目前に介護認定が「時間という尺度だけ」であることは大問題という指摘のほか保険者である地方自治体の言い分など、12年たっても色褪せない。
(江村利雄著/徳間書店/1680円)
