BF055 『老いの歌 新しく生きる時間へ』

 「五七五七七」の31文字の短歌の世界には、結社というシステムがあり、毎月作品の締切があり、選ばれたり、添削されたりするそうだ。

 そこには、有名無名を含めて膨大な歌人が存在すると著者。
 もともと近代短歌は「恋愛」と「挽歌」がテーマで、「老いというステージを想定していない」ジャンルだったとのこと。

 だが、超高齢社会に突入した日本で、「老いの時間」は拡大・膨張を続けており、「高齢歌人」が急増している。
 歌人で投稿の選者もしている著者は、短歌は自己表現の手段で、「どうやら老いの表現意欲に親和性がある」という。
 99歳でも歌集を発表するし、新聞などの投稿短歌にも高齢者が増えている。

 その結果、「回想詠」が増え、ユーモアが登場したそうだ。

 高齢者のユーモアは、「社会や時代、風俗のちょっとした齟齬から生まれる。真面目であればあるほどおかしい」。
 宮崎県社会福祉協議会では毎年、要介護高齢者や家族介護者、介護職員、ボランティアなどの作品を全国から集め、『老いて歌おう』というアンソロジーをまとめている。

 2009年度の応募者は100歳代が14名、90歳代が501名、80歳代が1222名にものぼり、施設内で同居する「園内婚」を歌う96歳の作品などが紹介されている。

 国民文化祭短歌大会というのも初めて知ったが、60歳代は若いほうなのだという。
 「老いの素材は、身体の疲れ、節々のいたみ、あるいは日常の機微、あるいは病い、治療に通う日々、夫婦間のさまざまな出来事、あるいは思い出、死、介護…である」。

 「戦後」への怒りもまた特有のもの。

 川口常孝(1919年生まれ)が晩年、第1回学徒出陣で中国戦線に送られた日々を歌った『兵たりき』の紹介は感動的だ。
 また、「要介護などと認定さるるとも俺は生きるぞよろしいか妻」など男性はどちらかというと妻に甘え、妻の介護負担は想像以上に大きいとも指摘。
 一方で、「介護するやさしい男性(ひと)にときめいて動悸息切れさらに増す日々」(91歳)、「ホームにておつぱい自慢はじまりて子を産まぬ人が一位に決まる」(93歳)など、エロスもまた歌われる。

 いずれも女性で、著者は「男性にはとうてい考えられない精神的な強さ」があるという。

 女性のほうが元気であるがゆえに、「老いの歌をつくらない」そうだ。
 いずれにしても著者がたんねんに膨大な作品を読み、選び、わかりやすい解説をつけてくれているので、高齢者の多彩な「老いの日々の表現」の一端を教えてもらうことができる。

(小高賢著/岩波新書/735円)


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