BF059 『困っている人』

 著者は「稀な難病にかかった大学院生女子、現在26歳」だ。全身に炎症を起こす原因不明の自己免疫疾患で、薬で抑制して付き合っていくしかない。
 福島県の山間の集落に育ち、フランス哲学にあこがれ東京の大学に入学。だが、ビルマ(ミャンマー)難民と出会い、難民支援活動にのめり込む。ビルマの開発と人権をテーマに卒論を書き、ビルマの地域研究をするため大学院に進んだ。
 「難民研究女子」に異変が起きたのは2008年。両腕に紅い斑点が出現し、布団から起き上がれなくなった。総合病院の整形外科、内科の診断は腑に落ちない。だが、紹介された大学病院で、「しばらくすれば、よくなります」と言われ、タイ-ビルマ国境に飛んだ。だが、自立歩行が困難になり帰国。いったん実家に戻ったが、近辺の医師では診断がつかない。紹介された東京の大学病院でも相手にされない…。
 ネット検索でみつけた自己免疫疾患の専門プロフェッサーに決死の覚悟で電話をかけ、即検査入院。本書では苦痛に満ちた「生き検査地獄」、日本の難民支援弁護士よりハードワークで仕事中毒な担当医たちの生態、難病申請のための書類との格闘などをレポート。
 難病ビギナーへの「道なき道」の治療、錯乱し落ち込む著者を叱咤する担当医など、鋭いユーモアをちりばめた体験談が続く。
 タイやビルマの路上や難民キャンプで、苦しむ人たちの姿を見てきたが、それは「他人事」でしかなかった。日本ではじめて苦しみの本質と向き合うことになったと言う。
 身体障害者手帳2級となったが、「学術書より難解」な手帳と格闘しつつ、病状はさらに悪化。膨大な書類の海を泳ぎながら、難病患者は「制度の谷間」に落ち込んだ存在と気づく。担当医たちが「社会福祉についてはわりとニブイこと」も悟った。
 そしてなによりも痛かったのは、友人たちの好意に頼りすぎた入院生活は、彼ら彼女らの心を遠ざけてしまったこと。著者がたどりついたのは「最終的に頼れるもの。それは『社会』の公的な制度しかないんだ」という結論だった。
 他人に頼ることはできないという現実の前に心が凍りついた著者だが、入院仲間と恋に落ちるという予想外の事態に、「わたしは、もう少し生きたいかも知れない」と思う。そして、「あの人とデートしたい」という動機で敢然と実行したのが、病院の近くにアパートを借り、自立生活をはじめること。

 「親元に帰ったほうがいい」という担当医を尻目に、病室を抜け出して物件を探し、住民票の移動、転入自治体での福祉制度、障害者制度の利用申請に挑む。
 「長く短い劇的な日々」に驚かされつつ、「難民女子」が自立していく姿に感動を覚える一冊。
(大野更紗著/ポプラ社/1470円)


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