BF072 『夏目家の福猫』

著者は文豪・夏目漱石の孫。
漱石には7人の子どもがいて、著者の母・筆子は長女になる。
本書は母から聞いた漱石家の暮らしぶり、「漱石の孫」ゆえに関わったイベントなど3部構成のエッセイ集。
夏目家の女性は長寿で、著者の曾祖母は91歳、祖母(漱石夫人・鏡子)は87歳、母は91歳が没年という。
父が亡くなったあと、著者夫妻は70歳になっていた筆子と同居した。
著者は「自分の手許でいくらかでも母を幸せにしようと懸命であった」。
しかし、「母の頭と心の中は100パーセント父で埋まって」いて、「生を肯定出来ない人と暮らすむずかしさ」を徒労感とともに思い知らされた。
10年間で6回の入退院を繰り返し、「うっとうしさ故に母を嫌悪し、邪険に扱う日が多かった」。
また、妻として「夫の顔色を窺わない訳にはいかないのであった」。
だが、「時々ヒステリックに罵声を浴びせる私に抵抗したら、私と暮らせなくなることを母は誰よりも知っていて、ひたすら耐えながら、私にしがみついていた」。
母をたまらなく愛しく、不憫に思うのに、うんざりして激しく苛立ち、憎んだ。
介護する家族が介護を必要とする家族に抱く相反する感情はよく報告されることだが、「どんなに尽くした積りでも娘などというものは、母にとって人生の相棒にはなれないものだ」という達観が印象的。
(半藤末利子著/新潮文庫/420円)

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