BF085 『女中譚』

「メイドといったら、女中のことじゃなくて、亀戸の私娼窟のことだったのさ」とつぶやきながら、秋葉原のメイド喫茶に日参するのは90歳を超えるオスミさん。
彼女は若かりし頃、カフェの女給だった…。
『ヒモの手紙』は林芙美子の小説ようだなと読んでいたら、彼女に捧げると記してある。
オスミさんは、メイド喫茶に勤めるうら若い娘のひとり・りほっちと同じアパートだ。
90代と20代は、薔薇の花が刺繍されたリボンやレースといった少女趣味で結ばれている。
オスミさんは女給のあと、麹町六番町の洋館で女中とした働いた。
そこには、ドイツ人のイルマ夫人と混血のお嬢様・萬里子がいた…。
『すみの話』は少女小説のようだなと思っていたら、今度は吉屋信子に捧げるとある。
秋葉原の電気街で、オスミさんはアスファルトにしゃがみこみ、「麻布の珍奇な洋館に住んでいる変わり者の物書きの先生のところに女中に出た」頃をぶつぶつ語る。
これは『断腸亭日乗』の永井荷風。
住み込みで働きながら、オスミさんは浅草のレビューで踊り子をしたくてダンスの練習に通っていた…。
華やかだった青春の思い出を胸に、アスファルトの上で息絶えるオスミさん。
身元も引き取り手もない「行旅死亡人」になってしまうのだろうが、現代のメイド少女たちの未来を暗示しているよう。
オスミさんがの青春を謳歌した昭和の時代もまた、切り取ってみせる作品。
(中島京子著/朝日文庫/525円)

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