くよくよしない超高齢者の「離脱理論」
著者は高齢者心理学が専門。
タイトルの「高齢者の話が長くなる理由」には、①周辺や背景などすべて話して正しく伝えようとする「誠実さ」、②記憶をたどり正確に話を思い出す「認知機能的な側面」、③自分のペースを保つ「枠に囚われない姿勢」があるという。
だが、本書は「話が長くなる理由」より、「老年的超越」という聞きなれない言葉の説明が中心になる。
調査やインタビューの結果、70~80歳の人たちと平均寿命を超えた90~100歳の「超高齢者」では、幸せの感じ方に大きな違いがあることがわかったそうだ。
高齢になるほど病気は増えるが、「自己評価や健康度は若い人とほとんど変わらない」し、「まだ生きていることが不思議」「なかなか死なない」といった自らを驚く「老年的超越」と呼ばれる心理に特徴がある。
高齢者の幸せについては、「活動理論(アクティビティ・セオリー)」と「離脱理論(ディスエンゲージメント・セオリー)」のふたつの主張があるそうだ。
「活動理論」は活動的、積極的に生きる「生涯現役」の考え方。
ルーツのアメリカでは、80年代から「サクセスフル・エイジング」、「プロダクティブ・エイジング」、「アクティブ・エイジング」など、さまざまな呼び方がある。
しかし、80歳以上の人に生涯現役が可能かという課題が出てきて、社会から引退し、若い頃とは違う穏やかな生活をするほうが幸せという「離脱理論」が見直されてきた。
高齢になると体力・気力を失うが、一定の喪失を前提に、環境に適応するよう「補償を伴う選択的最適化」をするようになるという。
なかなか面倒な考え方だが、高齢者はネガティブなものを排除し、ポジティブなものを選択する傾向が強く、特に90歳以上は孤独を不幸と感じていない人もいるそうだ。
開き直りというか自己肯定力というのか、「離脱理論」のポイントは、身体的な健康、社会的な活動や役割を重視せず、社会的ネットワークの縮小にこだわらない「老年的超越」。
スウェーデンの調査では、自分や周囲への執着が薄れ、過去の経験を受け容れるようになり、特に年齢が高いほど「老年的超越」に至る傾向があった。
日本の調査でも、「自然のままに生きる」「長生きできたのは○○のおかげ」という感覚が強く、特に女性のほうが「老年的超越」の得点が高かったという。
著者は「80歳くらいまでの高齢者介護と、超高齢者介護が同じでいいとは限りません」という。
日本の介護保険制度は40歳以上は死ぬまで同じ介護認定、同じ介護サービス、同じ介護予防事業の対象だ。
家族介護では、家族が「70歳代の高齢者の理想像を、90歳代の親に押し付けてしまう」ことが要注意だそう。
親を頑張らせてしまうのは、あきらめることへの罪悪感があるからで、「頑張らない介護」とともに、親を「頑張らせない介護」に気をつけるべきという。
「老年的超越」の高齢者は、あきらめることを肯定できるので、かえって、ひとりの時間を作ってあげることも必要なのだそう。
ちなみに、スウェーデンでは「老年的超越」を介護職員に教育することで、高齢者への見方や接し方が改善した報告もあるそうだ。
おりしも80歳以上の高齢者が1000万人を超えたという報道があった。
介護保険の利用者の平均年齢は82歳を超えている。
「活動理論」ばかりが目立つ政策も「老年的超越」をしたほうがよさそうだ。
戦争体験が高齢者心理にどのような影響を及ぼしているかという調査はないという指摘も興味深い。
(増井幸恵著/PHP新書/780円+税)
