詳細な取材レポート
警察庁は2013年、認知症で「行方不明」になる人は年間約1万人と初めて公表した。
著者たちは「行方不明」問題を調べはじめるが、行方不明の実態が把握されず、再発防止への取り組みもないことにすぐ気づいた。
「地方自治体には、認知症を担当する部署はあっても、認知症による行方不明者を把握しなければならないという公的なルールは、存在しない」。
「事件や事故でもない認知症の行方不明は警察にとって重要事案ではない」。
取材班は行方不明で死亡した人の遺族、未発見に苦しむ家族を探し出して、根気よくインタビューを重ね、「想像もできない悲しみ、苦しみ」を知る。
全国47の警察本部に独自にアンケート調査した結果、「行方不明」と届出があったのべ9607人のうち、死亡が確認されたのは351人、亡くなった人の約6割が「自宅から1キロ以内の近い場所で見つかっている」。
そして、行方不明のままが208人になる。
警察の「行方不明」のカウントは都道府県本部ごとに異なり、「実際の行方不明者の数はさらに多いとみられる」。
そして、家族は周囲に迷惑をかけることをためらい、通報の”遅れ”が目立つという。
翌日の通報では「生死に関わるリスク」が、1時間でも早ければ「無事に発見される確率」が高まるそうだ。
家族アンケートでは行方不明は平均6.3回、最多で70回となり、家族に重い負担がかかるほか、多くの家族にとって「想定外の事態」で、警察や周囲への協力要請にためらいがあることが浮かび上がる。
在宅介護を続けたいとの希望は半数を超えるが、自治体の支援が不充分が4割超、社会全体のサポートは9割近くが「十分でない」としている。
具体策で望むのは、「社会全体の理解」とホームヘルパーなど「公的な介護サービス」が多い。
愛知県では認知症の男性(当時91歳)が線路内に立ち入り、列車にはねられて死亡した鉄道事故をめぐり、JR東海が裁判を起こした。
2014年の高裁判決は、うたた寝をした妻(85歳)の責任を認め、約360万円の支払いを命じ、最高裁で争われている。
国土交通省は認知症の人に限った鉄道事故の統計をとっていない。
取材班は情報公開請求で入手した資料をチェックし、「認知症」が使われるようになった2005年以降の8年間に少なくとも76人の事故があり、64人が死亡していることがわかった。
取材すると、鉄道会社に代替輸送などの賠償を求められ、支払っているケースもあった。
鉄道会社23社に認知症の人の鉄道事故が起きた場合、損害賠償請求を行うかを聞いたアンケートでは、回答8社のうち4社が「原則、請求する」、4社が「個別の事情で判断する」とした。
90年代から警察庁が呼びかけて「SOSネットワーク」を広めているが、「どの地域でも有効に運用されているわけではない」という指摘もある。
そして、行方不明で保護されても自分の名前が言えず、身元不明の”名も無き人”として自治体に保護され、家族のもとに戻れないまま死亡する人も存在することが明らかになった。
取材班は最初は半信半疑だった。
だが、2014年、群馬県と大阪府の特別養護老人ホームに保護されている人たちに出会う。
番組で紹介するには施設との合意が必要で、弁護士に相談して取材方針が決められた。
放送後、家族や知人から連絡が入り、ふたりとも家族に再会することができた。
なぜ、何年も身元が特定できないのか。
全国の警察本部で都道府県を超えて情報を共有する仕組みが不充分なことも判明した。
一連の報道を受けて警察庁や厚生労働省も対策を講じはじめた。
だが、個人情報保護法の壁もあり、自治体の足並みがそろわないという課題もある。
「今も行方不明のまま家族を捜し続けている人がいる」という指摘が重いが、取材班の懸命で詳細なレポートはわかりやすい。
巻末には「ポイント解説・家庭での対策」がまとめられていて、介護家族の参考になる。
(NHK「認知症・行方不明者1万人」取材班著/幻冬舎/1600円+税)
