BF110 『医と人間』

病気別の胃ろう増設の是非
医学・医療は現在、非感染性疾患(糖尿病や冠動脈疾患など慢性の病気)や精神疾患、発達障害の増加が世界的傾向なのだそう。
また、高齢者の増加と医療技術の進歩に伴う医療・介護費の高騰も世界的大問題という。
本書は再生医療や先制医療など「医学の最前線」と、チーム医療、ホスピス・緩和ケアなど「医療の現場」の二部構成で、11人の医療専門家が執筆している。
注目したのは「胃ろう問題と死生学」(会田薫子・東京大学大学院死生学・応用倫理センター上廣講座特任准教授)。
入院した高齢者に胃ろう増設するかどうか、多くの配偶者や家族が迷い、「このままだと餓死します」と言われておびえる人もいる。
また、増設後に意識が戻らない姿に悩むケースもあり、退院して自宅で医療的管理を求められることもある。
お腹に小さな穴を開け直接、流動食や水分、薬の投与をする胃ろう栄養法(経皮内視鏡的胃ろう増設術)は、もともと新生児や摂食困難な小児患者のためにアメリカで開発された。
小さな穴につけられる器具は「ペグ」と呼ばれ、それまでの人工的水分・栄養補給法(AHN)に比べて、患者の不快感や苦痛が大幅に緩和される利点が評価され、日本では1990年代から広まり、2000年の診療報酬改定以降、保険点数が約1.5倍に急上昇し、「安易なペグの施行を多数誘発」することになった。
その反省から2014年、保険点数が大幅に減点された。
胃ろう栄養法には長所と短所があり、「脳血管障害や認知症による摂食不能・困難の場合は、すべての患者にペグが適応といえるかどうかは疑問」があるという。
特に「認知症の摂食嚥下困難」の場合、認知症の原因疾患別に考えることが求められる。
アルツハイマー病は終末期まで摂食可能なことが多く、欧米諸国では摂食困難な時期とは本人の生命が終わりに近づいていることを意味する。
「老衰やアルツハイマー病の終末期にはAHNを行わずに看取るのが、本人にとって最も苦痛の少ない最期になる」。
AHNを行わないことは餓死させることではなく、緩和ケアなのだそう。
脳梗塞や脳出血、クモ膜下出血など脳血管障害(脳卒中)は、障害の程度や進行具合に個人差が大きく、一概には言えない。
飲み込むことができない場合、嚥下リハビリで再び口から食べることができるケースもあるが、体力維持のためペグを利用するのは有効性が高くなる。
では、重度の脳血管障害で遷延性意識障害になった場合はどうか。
胃ろう栄養法は生存期間の延長を年単位で可能」とし「医学的には優れた効果」をもつ。
しかし、患者が高齢であればあるほど、意識を回復する可能性はゼロに近くなる。
「意識を回復しないまま生存期間が延びる」ことをどう評価するか。
それは、本人と家族の価値観・死生感によって異なり、「どちらかが間違いということではなく、それぞれの考え方によるということです」。
胃ろうを増設するか、いったんはじめた胃ろう栄養法を終えるのかという医療上の意思決定をするとき、生物学的データや医学的な証拠は重要だが、「ひとりひとりにとっての最善」はそれだけでは判断できない。
それぞれの価値観・死生感を反映した意思決定には、患者と医療者のコミュニケーションが重要で、特に医療者には「コミュニケーション・スキルの向上」が求められる。
終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」(厚生労働省、2007年)、「高齢者ケアの意思決定に関するガイドライン―人工的水分・栄養補給の導入を中心として」(社団法人日本老年医学会、2012年6月)の紹介も参考になる。
(井村裕夫編/岩波新書/820円+税)

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