司法記者たちの貴重な裁判傍聴記
帯に「98歳の母の首に、74歳の息子が手をかけた」とあったので、介護殺人の本かと思ったのだが、朝日新聞デジタル版「きょうも傍聴席にいます」からピックアップした29編の裁判レポートだった。
エリート官僚のインサイダー取引や成年後見人になった人権派弁護士の横領、司法試験の問題を教え子にもらした大学教授…。
「そういえば、そんな事件があったな」と甦るケースばかりだが、報道後、本人がどんな判決を受けたのか、あるいは本人にどんな事情があったのかを知り、考えさせられることが多かった。
とはいえ、やはり関心は介護殺人に向かう。
NHKスペシャル「”介護殺人” 当事者たちの告白」(2016年7月3日放映)では、2010~2016年の6年間に未遂も含めて138件、2週間に1件はどこかで介護殺人が起きていることを報告したが、本書では5件が紹介されている。
精神を病んだ妻を抱え、賃貸マンションの契約更新ができず「妻を施設に入れたくなかった」76歳の男性(懲役5年)。
入退院を繰り返す母(要支援1)をひとりで介護し、約束を守ってくれないことに苛立ち「母への思いが変わった瞬間」暴力をふるってしまった39歳、無職の男性(懲役3年)。
精神障害の息子(28歳)の暴言、暴行に「妻と娘を守る義務がある」と刺殺してしまった65歳の男性(懲役3年、執行猶予5年)。
不倫の思い出を懐かしそうにに話す夫に「36年前の夫の裏切り許せず」何回も叩き、9日後に急性硬膜下血腫で死なせてしまった71歳の女性(懲役3年、執行猶予5年)。
そして、タイトルにもなった「母さんごめん、もう無理だ」は、98歳の母を介護うつの男性(74歳)が絞め殺してしまった事件(懲役3年、執行猶予5年)。
どのケースもまったく孤立していたわけではないが、加害者自身が決着をつけなければと思いつめている例が多い。
そして、病院や警察、ケアマネジャーなどに相談していても、対応が遅かったり、予防措置が取れなかったり…。
裁判所によって量刑が異なるが、どこに基準線があるのかはわからない。
どのケースにも多様な背景と事情がからみ、「これが自分だったら一線を超えずにいられただろうか?」という記者たちの問いが、深く沈んでいく一冊。
(朝日新聞社会部編/幻冬舎/1200円+税)
