BF53 『「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか』

 著者は外科医として40年以上働き、2005年から東京都世田谷区にある特別養護老人ホーム「芦花ホーム」の常勤医になった。

 核家族化した超高齢社会で、認知症の親や配偶者を個人で介護するのは「ほとんど不可能」で、特別養護老人ホームは「現代の駆け込み寺」だという。
 常勤医になったとき、芦花ホーム入居者100人の平均年齢は87.3歳、認知症が9割、平均要介護度4.2だった。
 特別養護老人ホームのほとんどは非常勤の開業医と契約しており、常勤の配置医は非常に珍しい。 

 しかし、配置医は保険医の資格を持っていても、医療機関に所属していないため、保険診療はできない。認知症の入居者の老衰が進み、口から食べることが困難になり、誤嚥性肺炎を起こせば、救急車を呼ぶしかない。嚥下機能の低下は止めることができないので、病院では経管栄養や胃ろうを勧められる。回復は望めないのに判断を求められる家族は苦悩する。
 著者は介護スタッフや看護師とともに、過剰な水分や栄養を補給する経管栄養や胃ろうを行わず、ゼリー食などで経過を見守り、ホームで看取る取り組みをはじめた。
 4年間に47人をホームで看取ったが、そこで出会う死は「どれも安らかなように思える」、「あくまでも寿命に従うように徐々に余命を過ごすお年寄りの最期はそれほど悲痛ではないように思える」、「それこそが、老人ホームとしての重要な役割のひとつではないか」と語る。
 心筋梗塞や動脈瘤破裂では死が突然やってくる(突然死)。
 がんの場合はいつ頃、幕を引くのかおおよそ判る(いつ死ぬかあらかじめ判る死)。
 しかし、脳梗塞やアルツハイマー病による認知症は肉体的機能が保たれてるため、転倒骨折などで寝たきりになり、「ただ死を待つだけの時間」が続く(なかなか来ない死)。
 だが、「なかなか来ない死」の最終地として特別養護老人ホームを選んでも、その8割は病院で亡くなる。胃ろうをつけてホームに戻り、寝たきりになる人も増え、医療費高騰の原因のひとつにもなっているという。
 老衰の終末期に水分や栄養は不要で、もう寿命だとわかっていても、容態が変わったときに入院させるのは、「1日でも長くという一種の責任感、否、強迫観念」ではないかと問う。

 だが、老人保健施設や療養病床では胃ろうをつけて3ヵ月で退所を迫られ、特別養護老人ホームには看取り態勢がない。

 「平穏に死ねない介護難民」が増え続けている。
 また、医師が何もしないで患者が死んだ場合、刑法の「保護責任者遺棄致死罪」に問われる恐れがある。

 胃ろうにしないと「不作為の殺人行為」になる可能性は否定できない。

 一方で、多くの医師は「自然死の姿」を知らない。
 芦花ホームでは現在、8割がホームで最期を迎える。

 心安らかな最期を迎えたいというのは「人間にとって最も基本的な欲求」であり、看取りはその欲求を見守る「もうひとつの危機管理」だと確信した医師による、貴重な問題提起だ。
(石飛幸三著/講談社/1470円)


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