映画のはじまりは、全身マヒの主人公が意識を取り戻し、
ベッドの上から左目だけで眺める風景を描き出す。
あわただしく出入りする医療スタッフ以外は、
斜め上に設置されたテレビ画面しか見ることができない。
顔を近づけて語りかけるリハビリテーション・スタッフにも、
声を出したり、身動きしたりする反応はできない。
主人公のジャン=ドミニク・ボビー(マチュー・アマルリック)は
実在の人物で、世界的ファッション雑誌『エル』の元編集長。
肩書き通りのきらびやかな生活を謳歌していたが、
43歳のとき、運転中に脳出血で倒れた。
立派な設備の病院に入院したが、
鉄製の旧式潜水服に押しこまれたように身動きできない
「ロックト・イン・シンドローム」と呼ばれる症状に回復の見込みはない。
聴覚が残るジャンに言語療法士(マリ=ジョゼ・クローズ)が
提案したのは、読みあげられるアルファベットの
該当箇所でまばたきをして単語を綴る、
という根気と執念の要るコミュニケーション方法。
映画では絶望の淵からかすかな光を認めて、
蝶になって野原を舞う夢を見るまでに精神を回復する過程を描くが、
倦むことなくアルファベットの筆記を続ける伴走者の存在も
貴重な輝きを放っている。
原作は実に20万回のまばたきによって書かれた同名回顧録で、
フランスだけでなく、日本語版(河野万里子訳、講談社)もふくめて
28か国で出版された世界的ベストセラー。
(ジュリアン・シュナーベル監督/2007年/フランス・アメリカ/112分/アスミック)
CF017 『潜水服は蝶の夢を見る』 LE SCAPHANDRE ET LE PAPILLON
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