演説と障害
言葉をめぐる映画で一番古い記憶は、”三重苦”(視覚・聴覚・言語障害)を克服したヘレン・ケラー(1880~1968年)の少女期を描いた『奇跡の人』(アーサー・ペン監督、1962年)。
ヘレン(パティ・ペイジ)の家庭教師・サリヴァン先生(アン・バンクロフト)が発声訓練をするシーンが、子ども心にめちゃくちゃ怖かった。
本作の主人公・ジョージ6世(現・エリザベス2世の父)は、ヘレン・ケラーに比べれば吃音症、つまり言葉が滑らかに出ないという軽い障害(ただし、話すことに常に緊張を強いられるので、対人恐怖症や引きこもりなど二次障害がある)だ。
しかし、王族の仕事は挨拶や演説を求められるという特殊な”障害”も強いた。
映画は王冠を戴く前、ヨーク公アルバート王子時代からはじまる。
吃音を克服するため、王子(コリン・ファース)は妻・エリザベス(ヘレナ・ボナム・カーター)の手引きで、言語聴覚士のライオネル・ローグ(ジェフリー・ラッシュ)にひそかに指導を受ける。
オーストラリア人のローグは王子に友人として接することを求め、発声のトレーニングのほか、幼い頃からの心理的な抑圧を取り除くことに心を砕く。
少しずつ演説慣れしていった王子だが、王位を継いだ兄・エドワード8世(ガイ・ピアース)がウォリス・シンプソン夫人と”王冠をかけた恋”を成就するためあっさり退位。
1936年、不本意ながらジョージ6世として戴冠する。
3年後、イギリスはポーランドに侵攻したナチスドイツに宣戦布告した。
その日、国王は第二次世界大戦に向けて全国民を鼓舞するため、ラジオ生放送で演説しなければならなかった…。
「英国史上もっとも内気な王」というキャッチ・コピーだが、ジョージ6世夫妻はドイツ空軍のロンドン爆撃時もバッキンガム宮殿に留まり、国民を励まし続けたという。
ローグもそれまで主流だったショック治療を退け、心理療法を導入した言語聴覚士の草分けと教えられた。
ちなみに敵国・ドイツでは大戦末期、独裁者ヒトラーとユダヤ人ボイストレーナーの交流を描いた『わが教え子、ヒトラー』(ダニー・レヴィ監督、2007年)がある。
邦画では、『日本の一番長い日』(岡本喜八監督、1967年)が、昭和天皇のスピーチ(ポツダム宣言受諾の玉音放送)を阻止しようとした軍部の暴走を描いている。
(トム・フーパー監督/2010年/イギリス・オーストラリア/118分)
