CF045 『午後の遺言状』

愛し合ったのだ
長寿のアーティストが膨大な作品群を遺すのは、画家のパプロ・ピカソが証明しているが、2012年5月29日、100歳で亡くなった新藤兼人監督が創り続けた映画、脚本、著書のリストも長大だ。
「仕事をしなくて生きとったってしょうがないじゃないですか」という持論を体現し、99歳で発表した『一枚のハガキ』(2011年)は多くの映画賞を得た。
すぐれた脚本家としても知られ、多くの監督にシナリオを提供し、舞台化された作品もある。
監督デビュー作『愛妻物語』では下積み時代を支え、結核で急逝した亡き妻を描いたが、妻役の乙羽信子(1924~1994)はその後、公私ともに終生のパートナーとなった。
乙羽もまた先立ったが、本作はがんを病んだ彼女の遺作であり、名女優・杉村春子(1906~1997)の最後の主演映画でもある。
舞台は避暑地の別荘。管理人の柳川豊子(乙羽)と彼女のひとり娘・あけみが、休暇を取った往年の名女優・森本蓉子(杉村)を迎える。
いつもの夏の時間がはじまろうとした時、蓉子のかつての芝居仲間・牛国登美江(朝霧鏡子)とその夫・藤八郎(観世栄夫)が訪ねて来る。
藤八郎は認知症になった登美江のことを「ちょっと平常心を失っていまして」と説く。
蓉子は登美江にチェーホフの『かもめ』のセリフを語りかけ、築地小劇場の舞台に立った若かりし頃を思い出させようとする。
数日後、牛国夫妻は故郷の新潟に旅立った。
ふたりを見送った豊子は、あけみの父親は蓉子の夫だといきなり告白する。
唖然とし怒る蓉子だが、仕事に夢中で顧みることの少なかった夫は22年前に死んでいる。
奇妙な許しあいをした二人のもとに、牛国夫妻が日本海で心中したとの連絡が届いた…。
監督は杉村、乙羽を主役に映画を作ろうと考え、本人たちの了承を得てから脚本を構想したそうだ。
映画では、ゲートボールを楽しむ「罪なき老人の群れ」に金属バットで襲いかかったという脱獄囚が別荘に乱入する、あけみの結婚式を控えて土着的儀式が繰り広げられるといった暗示的なエピソードも織り込まれ、虚実ないまぜになっている。
製作当時82歳の監督が、86歳の杉村に「まっ直ぐに仕事に向かうの」と語らせ、死期迫る乙羽68歳に「愛し合ったのだ」と宣言させた作品。
(新藤兼人監督/1995年/日本/112分)

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