“老耄”の姿
スタートは1959(昭和34)年。
ベストセラー作家の伊上洪作(役所広司)は、ふたりの妹に「おとうさんにそっくり」と言われ否定するが、日常のしぐさが父に似てきたと自覚する。
その父が80歳で亡くなった。「次は自分の番だ」と思う伊上だが、まだ75歳の母・八重(樹木希林)が健在で、「死の海面の半分は母によってさえぎられて」いた。
八重は伊豆の実家で元気だったが、物忘れの兆しもあり、下の妹・桑子(南果歩)がひとり暮らしの身軽さで東京に引き取った。
だが、八重は壊れたレコードのように同じ話を繰りかえす。
桑子に息抜きさせるため、伊上はしばしば世田谷の自宅に八重を迎えた。
伊上の思春期の娘たち3人は、幾度となく語られる八重の初恋の話に根気よく耳を傾けた。
伊上は5歳から8年間、八重の義母・ぬいに預けられていた。
初老にさしかかってなお、自分を捨てた八重への恨み、やさしかったぬいへの思慕の念があった。
だが、八重はどんどん記憶を失い、若い頃に戻っていく。
自分だけでなく、「とうとう、みんな棄てられてしまった」と伊上は嘆息する。
八重の帰宅願望は根強く、上の妹・志賀子(キムラ緑子)とその夫が伊豆の実家に同居した。
状況が厳しくなると軽井沢の別荘に連れ出すなど、経済的にゆとりがある一族の”自助努力”が繰り返されるが、ある日、伊上の家から八重がいなくなった…。
原作は井上靖(1907~1991)の自伝的エッセイで、80歳の母を描いた『花の下』、85歳の『月の光』、89歳で亡くなる『雪の面』の3部構成。
身体は頑丈な母の”老耄”を冷静にみつめつつ、妹たちの介護の奮闘ぶり、老いと死への考察を綴っている。
作家と同郷の原田監督は、主人公の母への愛憎と了解を前面に出した。
母を看取った志賀子に対しては、伊上に「心から感謝している。
長い年月、ご苦労さまでした」と慰謝の言葉を語らせる。
樹木希林は『歩いても 歩いても』(是枝裕和監督、2007年)でも自在な演技だったが、本作の”老耄”の姿も観ごたえがある。
(原田眞人監督/2011年/日本/118分)
