「ボケるとも悪かことばかりじゃなか」
認知症で介護保険を利用するのは280万人、利用していないのは160万人という。
厚生労働省の推計は、MCI(正常と認知症の中間)の人も380万人になると脅かす。
820万人にもなるのなら、もはやありふれた病気ということになるが、本人や介護する家族の苦しみは尽きることがない。
本作は、ベストセラーになった漫画エッセー『ペコロスの母に会いに行く』(西日本新聞社)の映画化だ。
長崎に暮らすゆういち(岩松了)は「団塊の世代」で、ライブハウスで歌い、漫画を描くのが好きなサラリーマン。
離婚して、ひとり息子と母・みつえ(赤木春恵)の3人暮らし。
みつえは10年前、夫が亡くなってから、ボケはじめた。
オレオレ詐欺の電話を忘れ、やはり認知症気味の義弟とエンドレスな交流をする姿は、ユーモラスでほほえましい。
ゆういちは家中に注意書きを貼り、外出を禁じるなど工夫する。
だが、タンスから大量の下着が出てくるに至り、グループホームに預けることを決意する。
最初は抵抗したみつえだが、少しずつグループホームの暮らしに慣れていく。
毎日のように訪ねるゆういちは、10人兄弟の長女で、子守りをするため小学校に通うこともままならなかった母の人生を思う。
酒乱で神経症の父親は、給料をすべて呑んでしまい、何度泣かされ、絶望したことか。
だが、今のみつえは「とうちゃんは、死んでからのほうが、うちによう会いにきてくれよる」と嬉しそうだ。
症状が進むみつえは、息子の顔がわからなくなる。
だが、ゆういちのハゲ頭は覚えている。
小さな玉ねぎ・ペコロスのような頭をなでるたび、みつえは息子を認識する。
ある日、ゆういちはみつえの妹たちも誘い、長崎ランタンフェスティバルに出かけることを計画するが…。
森﨑東(86歳)は庶民のバイタリティを描くベテラン監督だが、撮影には自らの認知症との闘いがあったという。
2014年2月末に104歳で亡くなった詩人のまど・みちおも、晩年はアルツハイマー病であることを公表していた。
認知症になっても表現する意欲は衰えず、仕事をすることができるのだ。
なお、テレビ版(NHKBSプレミアム)はイッセー尾形がペコロスで、認知症の母を漫画に描くことに葛藤する姿が印象的だった。
(森﨑東監督/2013年/日本/113分)
