CF105 『湾生回家』

CF105 『湾生回家』
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あふれる望郷の想い
「湾生」は、太平洋戦争の前に、台湾で生まれた日本人を指す。
1895年、日清戦争に勝利した日本は、台湾を植民地とし、移民政策を実施した。
50年間に、日本から移民したのは50万人にのぼり、現地で生まれ育った「湾生」は20万人もいるという。
1945年の敗戦で、ほとんどの日本人は強制送還された。
だが、戦後の日本に生き、すでに80代、90代になった「湾生」にとって、台湾がホームランドだ。
本作は、「湾生」たちが、故郷を訪ねる姿を、ていねいに追ったドキュメンタリー作品。
台湾東部の花蓮市で、富永勝さん(1924年生まれ)は、中学校の同級生を探し歩く。
すでに亡くなった人も多かったが、友人とそっくりな息子に出会い、喜ぶ。
松本洽盛さん(1937年生まれ)は、親たちがブッシュを切り拓いて造ったパパイヤ農園を訪ね、水牛と遊んだ子ども時代をなつかしむ。
家倉多恵子さん(1930年生まれ)は、70年ぶりに母校の女学校にたたずみ、「引き揚げ船から、台湾が見えなくなるまで手を振った」と回顧する。
彼女は、体調を崩したとき、台湾にロングステイし、「太陽をいっぱい浴びて、どんどん元気になった」という。
片山清子さん(1933年生まれ)は、敗戦後、台湾人の養女となり、一緒に育った男性と結婚した。
実母は消息不明で、2007年に一度、戸籍をたどって来日した。
「お墓はみつからなかったけれど、私は日本に来ただけで充分」と語っていたが、今は病気で入院中だ。
片山さんの夫と娘、孫娘は、制作チームの協力を得て、岡山県のお墓を探しだす。
市役所で閲覧した戸籍には、清子さんの名前があった。
孫娘は「おばあちゃんは、捨てられたわけじゃなかった!」と興奮する。
「湾生」たちは、生まれ育った故郷が植民地と知らなかった。
日本への引き揚げ後は、日本語がおかしい、のんびりしていると馬鹿にされもした。
家倉さんの「友だちがいっぱいいても、ずっと異邦人だった」という言葉が印象に残る。
映画では、2013年に、台湾で「湾生」に戸籍謄本を渡す式典が行なわれたのが紹介される。
多様な人生を送ってきたにもかかわらず、どの人も「私が生まれた場所だよ。ふるさとだよ」と嬉しそうだ。
戦争の時代に育った人たちの、ひとつの想いに触れることができる作品。
(黄銘正監督/2015年/台湾/111分)

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