CF151 『人数の町』
人間が数字になる悪夢
本作を観たとき、すでに知っている気がしたのは、パラレルワールドを描いているからだろうか。
借金取りに追われ殴られていた蒼山(中村倫也)は、黄色いつなぎを着た男に助けられ、奇妙な大型施設に連れていかれた。
そこがフェンスで囲まれた「町」らしい。
ストーリーの合間には、国内の失踪者やネットカフェ難民、自己破産者、完全失業者などの数字が並べられる。
「町」には若者だけが暮らし、プールサイドで暇つぶしをしている。
蒼山は緑(立花恵理)と知りあい、ゲームをすればお菓子など嗜好品が手に入る、フェンスから出なければ、セックスも含めて「個人の自由」だと教えられる。
時折、バスに乗せられ、「なりすまし投票」をしたり、デモにサクラで参加すれば、衣類が手に入る。人体実験とおぼしきワクチンを打てば、カクテルがふるまわれる。
蒼山は、目的を問うことなく従い、脱走さえしなければ、衣食住が保障される「町」の暮らしになじんでいく。
だが、緑の姉・紅子が、妹を探そうと「町」に潜入してきた…。
八方ふさがりの「町」で、バスの乗降時に人数を数えられるだけの若者たちを描く以上のことを作品はほとんど語らない。
日本の若者たちの幸福感は高いが、将来への期待値が極端に低いという。
そんな、無気力、虚無感を反映しているのだろうか。
現実政治では「地域共生社会」がいつのまにか「デジタル社会」に変わった。
マイナンバーカードと健康保険証がリンクし、介護報酬改定で新設された「科学的介護推進体制加算」では、利用者の個人データが事業者経由でナショナル・データベースに集積されつつある。
個人情報が数値化され、ビッグデータになる時代は、「ひとりの人間」が単なる「1人」に置き換えられる危険性と常に隣りあわせだ。
近未来の悪夢を描いた作品ともいえるが、正夢にならないことを願う。
(荒木伸二監督/2020年/日本/111分)
